正露丸について考えるサイトです。正露丸についての情報満載。
「効能」は以下の通りである。
1. 腹痛 下痢 消化不良による下痢 食あたり はき下し 水あたり くだり腹 軟便
2. おもに胃や腸の調子を整える
3. 歯髄炎による虫歯の痛み[1]
第二次世界大戦前の日本では結核や虚弱体質などにも効果があるとされ、いわゆる万能薬として用いられていたようである。
明治のはじめ、日清戦争において不衛生な水源による伝染病に悩まされた帝国陸軍は、感染症の対策に取り組んでいた。陸軍軍医学校の教官であった戸塚機知三等軍医正は、1903年にクレオソート剤がチフス菌に対する著明な抑制効果を持つことを発見する(これに関しては異説もあり、正露丸の元祖だと主張している大幸薬品は、陸軍よりも1年早い1902年に、大阪の薬商である中島佐一氏が征露丸を開発して販売を開始したと主張している)。
ドイツ医学に傾倒していた森林太郎(森鴎外)ら陸軍の軍医たちは、チフス以上に多くの将兵を失う原因となった脚気もまた、未知の微生物による感染症であろうという仮説を持っていた。そのため、強力な殺菌力を持つクレオソートは脚気に対しても有効であるに違いないと考えて、日露戦争に赴く将兵にこれを大量に配付し、連日服用させることとした。ちなみに、当時の陸軍におけるこの丸薬の正式名称は「クレオソート丸」であり、征露丸はあくまでも俗称である。「征露」という言葉はロシアをやっつけるという意味で、その当時の流行語であった。
しかし、まだ予防的投薬という概念も一般には浸透していない時代のことであり、特異な臭気を放つ得体の知れない丸薬は敬遠されて、なかなか指示通りには飲んでもらうことがなかった。そこで軍首脳部は一計を案じ、その服薬を「陛下ノゴ希望ニヨリ」と明治天皇の名を借りて奨励することとした。この機転によって、コンプライアンスは著しく向上し、下痢や腹痛により戦線を離脱する兵士は激減したといわれる。しかし、当然のことながら軍医の期待した、脚気菌(そもそも存在しない)に対する効果は一向にあらわれなかった。戦意高揚を重視してビタミンに欠ける白米中心の美食(当時としては)にこだわった陸軍は、日露戦争においても全将兵のおよそ3人に1人に相当する25万人が脚気に倒れ、27,800人が死亡した。一方で海軍は、早くから脚気が栄養障害に起因する疾患であると見抜き糧食にパンや麦飯を採用し、脚気による戦病死者を一人も出していない。
このように、脚気に対してはまったく無力であったものの、征露丸の止瀉作用や歯髄鎮静効果は、帰還した軍人たちの体験談として多少の誇張も交えて伝えられた。また、戦勝ムードの中で命名の妙も手伝い、「ロシアを倒した万能薬」は多くのメーカーから競い合うように製造販売され、日本独自の国民薬として普及していった。
また、その薬効のあらたかなるところは戦前の日本勢力圏においては広く知れ渡っており、韓国では1960年代から、現地製薬会社(東星製薬)より販売され、知名度が高い。現在もなお台湾、中華民国や中華人民共和国などアジア諸国からの渡航者の土産物として珍重されているという。
軍の装備品としての配給は、日露戦争終結後の1906年に廃止されたが、その後も継続して常備薬として利用されてきた。2007年には、自衛隊の国際連合ネパール支援団派遣時の装備品として復活している。
日露戦争ならびに第二次世界大戦終結後、国際信義上「征」の字を使うことには好ましくないとの行政指導があり、「正露丸」と改められた。しかし、奈良県の日本医薬品製造株式会社だけは、現在も一貫して「征露丸」の名前で販売を続けている。元祖である富山県の会社が正露丸という名前の商標登録をしようとしたが、あまりにもポピュラーな言葉となっていたうえ、「征」から「正」へ改名されていたこともあり、商標登録することができなかった。しかたなく「?露丸」と名乗った。そのため、富山県のあたりでは2種類の正露丸が存在する。[要出典]
諸権利の問題
1954年に、業界第一位で中島佐一の「忠勇征露丸」製造販売権を継承する大幸薬品(大阪府吹田市)が商標登録を行い、「正露丸」の名称の独占的使用権を主張した。しかし、クレオソートの製法を独自開発し、物資不足の第二次大戦中も軍に征露丸の納入を続けた和泉薬品工業などからの反発を受けた。そして20年にわたる裁判の結果、1974年3月に「正露丸はクレオソートを主材とした整腸剤の一般的な名称として国民に認識されており、これを固有の商標とした特許庁の審決を取り消す」という最高裁判決が確定した。
正露丸の商標は現在も大幸薬品が所有しているが、他社が正露丸の名で販売しても法的に問題はない。「アスピリン」などと同様に、いわゆるパブリック・ドメインとしての地位が確立された、数少ない医薬品のひとつと言えよう。
なお、2005年11月にパッケージの類似性を理由に、大幸薬品が和泉薬品工業を相手取って損害賠償を求める裁判を起こしていたが、2006年7月27日、大阪地方裁判所は訴えを棄却した。大幸薬品はこれを不服として、同年8月7日、大阪高等裁判所に控訴した。しかし、2008年7月4日に最高裁第2小法廷で上告不受理となり敗訴が確定、「正露丸の名前は一般的名称として認識されている」とする判決が確定した。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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